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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)86号 判決 1989年5月29日

原告

小 菅 真理子

右法定代理人親権者母

小 菅 清 子

右訴訟代理人弁護士

内 山 成 樹

被告

右代表者法務大臣

高 辻 正 己

右訴訟代理人弁護士

樋 口 哲 夫

右指定代理人

斉 藤   隆

柳 本 俊 三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二五〇万円及び内二〇〇万円に対する昭和六二年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者など)

原告は、亡小菅まち(以下、まちという)の孫である。

甲副検事(以下、甲副検事という)は、昭和六二年ころ、新潟地方検察庁長岡支部の副検事であった者であり、後記2の交通事件を担当したものである。

2(交通事故の発生)

星行正(以下、星という)は、昭和六二年八月一七日午後〇時ころ、新潟県北魚沼郡湯之谷村大字大沢四五六番地先路上において、奥只見方面より小出町方面に向け走行中、進路前方の道路左側端から右方に横断しようとしていたまちに自車を衝突させ、同人に脳挫傷等の傷害を負わせた。このため、同人は、同日午後〇時二二分、県立小出病院において死亡した。

3(甲副検事の不法行為)

甲副検事は、昭和六二年一一月一日、新潟地方検察庁長岡支部において原告を取り調べた。右取調べにおいて、原告は、星が走行中その頭を「カクッカクッ」と下げたこと、同人運転の車両が走行車線の中央部分から歩道部分に向け加速しながら走行したことなどを供述した。右供述は居眠り運転を端的に示す供述であった。

しかしながら、甲副検事は、原告の供述調書を作成するにあたって右供述を欠落させた。更に甲副検事は、原告に対して右供述が真実記載されているかのように読み聞かせ、原告を欺罔した。このため、原告は右供述が正確に録取されていると誤信して、同調書の末尾に署名指印し、甲副検事は正しく読み聞けしていないにもかかわらず、これに続けて「右のとおり録取して読み聞かせたところ、誤りのないことを申し立て署名指印した。」旨虚偽の事実を記載し署名捺印した。

4(星に対する刑事処分)

本件交通事故はまちの飛び出しによる事故とされ、星に対する刑事処分は昭和六二年一一月二五日、小千谷簡易裁判所において、罰金二〇万円に処するとの略式手続きで処理された。

5(原告の損害)

(一)  慰謝料二〇〇万円

甲副検事の欺罔により、原告の、正確に調書が作成されるとの期待及び公正であるはずの検察庁に対する信頼は決定的に裏切られた。これによって原告の受けた精神的損害は甚大であり、これを金銭に評価すると二〇〇万円を下らない。

(二)  弁護士費用

原告法定代理人は本件を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用及びその実費の支払を約したが、右費用及び実費としての相当額は五〇万円を下らない。

6 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、二五〇万円及び内二〇〇万円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和六二年一一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び4の各事実は認める。

2  請求原因3のうち、甲副検事が、原告主張の日時、場所において原告を取り調べたこと、原告の供述調書を作成したこと、原告に同調書を読み聞かせたこと、原告が同調書末尾に署名指印したこと、甲副検事が同調書に署名捺印したことは認め、その余は否認する。

3  請求原因5は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2及び4の各事実は当事者間に争いがない。

二請求原因3について判断する。

請求原因3の事実中、甲副検事が原告主張の日時、場所において原告を取り調べたこと、原告の供述調書を作成したこと、原告に同調書を読み聞かせたこと、原告が同調書末尾に署名指印したこと、甲副検事が同調書に署名捺印したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、昭和六二年一一月一日正午ころから、新潟地方検察庁長岡支部において、甲副検事が、原告の母親の同席のもとで原告(当時九歳)に対する取調べを行い、取調べのはじめのころ、原告が被害者の動き及び加害車両の動きについてあまり答えなかったところ、原告の母親が、原告に対して、運転手がガクガクとして左に九〇度くらい切り込んで行って事故にあったのを見ていることをはっきり言いなさいと諭し、それから原告が原告の母親の言うようなことを供述するようになり、まちが道路の歩道の所に立っていて左右を見ていたこと、左側から小さい白い車が来たこと、運転手が頭を二度ほど縦にカクッカクッと下げたこと、車がまちの方に九〇度くらい切り込んでいったことを身振りを交えながら供述したこと、これに対し、甲副検事が九〇度くらいで左に切り込むとお店にぶつかってしまうのではないかと聞いたがはっきりした返事がなく、さらに、確かにガクガクというのは見えたのかと聞いたところ、原告はまだ目が覚めたところでよく分からないという返事であり、原告が事故時の状況だけでなく事件後に現場に何回か行って得た認識を加えて供述していると思える部分があったことから、原告の右供述の真実性を確かめるためいろいろ尋問をしたら最後にはそのような供述をしなくなったこと、したがって、甲副検事は、まちが歩道上にいたことと、左の方から小さい白い車が来たことを原告が見ているという供述はあるが、運転手がガクガクと頭を縦に二回振ったことや、車がまちの方に切り込んで行ったことについては、供述は不明確で最終的に原告の供述はないものと考えたこと、そこで調書には、まちが歩道の所に立っていて左右を見ていたこと、その時左側から小さい白い車がきたことは記載したが、運転手が頭を二度ほど縦にカクッカクッと下げたこと、車がまちの方に切り込んでいったことについては記載しなかったことが認められ、右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

ところで、検察官が目撃者らの取調べを行った場合、供述調書を作成するか否かは自由であり、作成する場合にも供述者の最終の供述に基づいて作成すれば足り、供述者が述べたことをそのまま全部記載する必要も義務もない。本件において甲副検事が供述調書に、運転手がガクガクと頭を縦に二回振ったことや、車がまちの方に切り込んで行ったことを目撃したとの原告の供述を記載しなかったことは、甲副検事が原告の右供述は最終的にないものと考えたことによるものであり、また、前記認定の事実によればそのように考えたことも相当であり、従って、同副検事が原告の右供述を記載しなかったことに何ら違法はない。

さらに、原告は、甲副検事が、運転手が頭をカクッカクッと下げたことや、車両が走行車線の中央部分から歩道部分に向け加速しながら走行したことが調書に記載されていないのにいるかのように読み聞かせて、原告を欺罔して調書に署名指印させ、また、正しく読み聞かせていないのに「右のとおり録取して読み聞かせたところ、誤りのないことを申し立て署名指印した。」旨虚偽の事実を記載して署名捺印したと主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分があるが、これは証人甲の証言に照らすと、たやすく信用することができず、ほかに、右事実を認めるに足りる証拠はない。

三以上によれば、その余の事実を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 至 裁判官姉川博之 裁判官古閑美津惠)

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